幸せになったら、向上心がなくなった話

またまた自分語りをしますね。

 

 

 

 

幸せってなんだろう?

 

 

 

 

思えば昔から、「幸せ」とか「楽しい」ってことを避けてきた気がする。

幸せなはずの結婚をした両親は全然幸せそうに見えなかった。

「自分はただ幸せになりたいだけなのに」と言う人が幸せになる結末を見たことがなかった。

楽しいことの次には必ず苦しいことが待っていた。

 

 

だから、「幸せになりたい」は汚い感情だと思って毛嫌いしてきたし、「楽しい」のハードルをめちゃくちゃ高く設定してきた。

 

 

 

 

自分史(自分の過去の出来事、そこで何を思ったか学んだかについて書くやつ)のモチベーショングラフを書いてて気づいたんだけど、

自分が一番モチベーションが上がるのは「好きな人と上手くいってる時」らしい。

 

 

 

今まで自分は好きな人ができても、それを絶対認めなかった。

だって汚いじゃん。好きになるって、「幸せ」に繋がってしまうでしょ?

 

そう思って感情を押し殺して、数年後気持ちが落ち着いてきた頃に、

「ああ、あの時自分はあの人のことが好きだったんだな」って仕方なく認める。

 

それをずっと繰り返してきたんだけど、

 

 

だけど、最近、

 

 

 

なんかもう、疲れちゃった笑

 

 

 

好きな人、ものに対して正直にいられないことがしんどいなと思い始めた。

好きなものを素直に好きと認めてみようと思った。 

 

好きな人がいることを自分の中で認めた。

汚いと思っていた「幸せ」に近づく努力をしてみようと思った。

 

 

 

 

その結果、

 

めちゃくちゃ楽になった。

 

モチベーショングラフが上がる「好きな人と上手くいっている」に自ら飛び込めた。

今ほんとに幸せだし、もうここで死んでもいい。

 

 

十分。

 

もう十分。

 

 

 

そう思ったら、

 

現状に満足したら、

 

 

 

向上心までなくなってしまった。

 

 

 

 

自分の、一旦好きになったらまっすぐなところは割と長所だと思ってるんだけど、

裏を返せばストーカー気質でメンヘラなんだよね。

好きになったら、それしか目に入らない。

それがあれば、他はいらない。

 

自分はそれに気づいていたから、ブレーキのつもりで無意識に「好き」のハードルを上げて、後からそれっぽい理由をつけていたのかもしれない。

 

 

 

 

夏のインターンの連絡がgmailにたくさん届いて、

ビジネスや論理的思考、圧倒的成長なんて言葉が並んでる。

 

 

インターンに行くべきなのはわかる。挑戦すべきだということも。

学べば、世界の見方が変わるだろうことも。

 

 

ただ今自分にはその必要性が感じられない。

全く興味が湧かない。目の前の幸せで満足してる。

 

 

だったら行かなきゃいいってのもわかる。

でも、今は人生の波の中でピークを迎えてるだけで、この先またうじうじ悩み出す日が来るかもしれない。

幸せと感じられる要因がなくなるかもしれない。

 

「幸せ」がなくなった時、自分が「何も持たない人間」になっているのが怖い。

 

 

まだ自分に、目の前の幸せにしがみついて終わることを許せない。

だからと言って、将来を見据える気も起こらない。

 

 

 

こんなこと言ったらいろんな人に怒られそうだけど、思ってしまうものはしょうがない。

書いて、醜態晒して、少しでも頭の中を整理して、あわよくば誰かからアドバイスもらえないかなって思ってる。

 

 

 

 

 

ねえ、みんなの幸せはなに?